NOC‐LOG

見たことない何かが見たい日々

4歳の娘が習うピアノ教室に求めたいこと

まあ聞いてやってください…

我が家では娘が習い事のピアノをやめようか悩んでる。

歩いて1分の近所、2歳のころから4歳まで週に1度のペースで30分(¥8000笑)を続けてきた。

当時、娘にやってみるか聞いてみると「やる」と答えたので、じゃあってことで始まったピアノ教室(マンツーマン)。

とはいえ、歌は好きだが、特にピアノが好きではなく、やっていて楽しそうでもない。

休日の習慣として続けてきただけだ。

ついでに言うと「さいたー さいたー」のチューリップ?しか弾けない。

ドレミ~ドレミ~のやつ。

弾けたときは感動したもののモノ足りない。

 

辞めたい理由はシンプル

そんな環境で娘が2年になったくらいでやめようか本人が決断しようとしている。

理由はおそらく、課題。

4歳になると待ちわびたかのように先生から自宅での予習復習を!と毎レッスンで話題にされ、徐々にめんどくさくなっているのだと思う。

先生がピアノの魅力を伝えて自主性を引き出してくれるなら話は違ってくるが、特にうまくなって欲しいと思っていない親としては、まだピアノの練習を習慣にしなくていいと思う。

そんなわけで予習させるときに子どもの自主性を引き出しつつ、習得させていくのはちょっと無理。

希望は音楽に親しんで心を和やかにコントロールできれば嬉しいかなくらいのものだった。

 

先生と親と子にはギャップがあって当然

先生にも葛藤があると思う。

自分の生徒としてだとか将来的なビジョンだとか。

しかしだ。

今の娘にとって技術的にピアノが上達することは何の意味もない。

私は遊びや会話を通して自然界のことや命や時間のことを伝えて興味ありそうなことから理屈を聞いてもらっている。

また習っていることを一定以上に頑張りだすのは「社会化の先取り」を感じてから。

真相はわからないが、そう思っている。

それがいいのかわからないが。

 

だから、私はピアノの話題やそれをほめたりなどの評価をあまりしてない。

親がそんなんだから娘の関心はもちろん薄い。

何してんだろって思うが、そんなもの。

 

もう少し言うと私の好きなこと対しては関心があるかのようにしてくる。

なんなら自分が優位なルールに変えてでも遊ぼうと提案してくる。

例えば、ダンス。

ダンスタイムがあって気が向いたときにショーをしてくれる。

 

たぶん、そうやって遊びたいだけ。

好いてくれている期間だけだと思うけど(焦)。

目標とか立派なものは「準拠集団」からの刺激を感じてからでは?

自主性もそのあとにつく力だと思う。

まだのんびりでいい(ような気がする)。

 

まとめ

幼児期、親が関わるものに興味の対象はあるが、そのうち友達の関わるものになるだろうから、それまでは楽しいことが全てでOK?とはいえ家庭環境などの影響でいろんな子が育つわけで、これがいいとかダメというのは親の判断と子どもの意欲次第か。やらせようと思えばやるんだろうな…。ん~わからん。

今はひとまず、小さなころから強制されることを学ばなくていいと考える父親のログでした。