月の恒の如く

見たことない何かが見たい日々

ダンス|レッスンで教えられないこと

クオリティー

最近、ダンスのフリースタイルバトルでクオリティーの時代はちょい過ぎてきたのかなと思うようになりました。日本のダンスバトルシーンで願ってもなかった感覚です。普通なことは勝てない。何故って価値が薄い。普通って人口の多い階層をイメージしてほしい。同じようなことする人たちのことだから普通に流れでみんな同じものにエントリーして普通な人に占められたイベントでみんな同じようなことをやる・・・とか関係者以外おもしろくないやーん。飽きる!

 

で、日本ではクオリティーは武器になっていたけど、クオリティー高めダンサーの人口が増えてきて普通になってきたんだと思う。だから、もう普通のクオリティーでは小さなイベント以外勝てない。ないよりはあるほうが優位だと思うけど、とりあえず基準変わってきたんかなって話。クオリティーっぽさって仕組みさえ分かればむしろ簡単なこと多いしねー。やはりいつの時代も「おもろいことをする」これに限る。

 

ダンスの審査(勝利目線)

今回、言語化してみたいのはクオリティーなどの能力じゃないところって、審査員はどうやって審査するのかみたいな感じの内容。

経験的に弱い心理の現状維持バイアス系ダンサーから2歩ズレたくらいのところに勝利の兆しがあると思うんです。現状維持バイアスってのは例えば何かの買い物でいつも同じもの注文する人。これが現状維持バイアス作動中ってことです。攻め気ない人?失敗を恐れる人?多くのダンサーの壁でもあります。安心感がないと踊れない人。それは目上のダンサーから言われたようなことしかできない受動ダンサーも。現状維持バイアス系ダンスってのはそれと同じようなもので全然クリエイトしないで動画やレッスンでいい感じの動きをもらって安心感の範囲でアレンジする人のこと。アレンジレベルの人は開拓者の後者。オリジナリティーのアレンジ(二番煎じ)としてしか価値はないです(アート観点)。結果的に磨けば磨くほど今のチャンスはガンガン逃してしまうことになります。

 

2歩ズレたとこっていうのは勝敗で考えたとき、軸が分からないレベルとかの全く新しいもの(斬新)では巻き込む意味では親しみゼロだからノリが生めないし、そもそも独創メインの評価。そういう安定感嫌いで正反対でやるのが個人的には最高におもろいですけど。勝つ意味でバランスも大事ってことで2歩くらい思考や行動でズレてみる(といいと思う笑)。でも1歩ではアレンジレベルかなって意味で2歩で。せめてアレンジや融合は超えてみるといいことあると思う笑 ただ逆効果になる可能性は高確率で持ち合わせてる。ジャッジの定義がスキルベース、クオリティーベースの場合がまだまだ多いですし笑

 

バランスよく食べたい

料理で例えるのはあるあるかもしれないですが、一時的なら濃い食事(斬新)でいいけど、毎日濃い食事はきつい。やっぱり白米も必要ということになる。んで白米だけもきつい。わかるとおもうんですが?主食=ノリと音楽( 比較して優位性を知らしめるものでもある)。あとはどんな順番でフルコース化してもいいし、カレー最高!みたいなことでもいい。そこは自分の自信あるもので最高だと仕上げてるならそれでいいってこと。日本によくいるのは現状維持バイアス系ダンスから1歩ズレたくらいのアレンジダンサー。もう、フルコースと言えばこれでしょ?みたいな疑いもなく出してくる感じ。個人的に最後ご飯の会席料理は嫌だとか、白米は濃い味付けのものと食べるんだという強いこだわり!みたいものがほしいんです。

飯の話はこれくらいにして・・・

 

たくさんの比較の中どうやって登るか?

自分ならですが。ほとんどのダンスが融合、アレンジ、ロール、ヒストリー、基礎の類似、ロジックの類似などにより、たくさんのものの中で比較対象にされるので難しいことですが、上位層はそれを突破して、いろんな意味で上位にいます。あと人の比較時の特性を理解していないと成し得ないものもあると思います。それが希少性のアピールにつながれば価値としても高いし、希少性が伝われば比較個所はそこじゃないぞっていうアピールにもつながるってことですねー。

別にそれがクオリティーでもいいけど、個人的にあまりクオリティーにダンス人生を費やすと面白くないと思うんで。一定量は伝える意味で必要やと思いますが。しかも、そんな分厚いところ攻めなくてもいいとも思いますし。

 

過去に思った

若いころ思ったことがレベルの低いバトルイベントは誰かっぽくないと恥ずかしい感覚になるけど、レベルが高くなると誰かっぽいことが恥ずかしくなる。これも比較からなります。で、勘違いしそうになることがあって低いレベルで勝ってしまうと変に褒められるし、勝利を急ぐ人は何本か軸を固めてしまう。するともう自己破壊し続けられなくなる。同じ練習方法になりやすい。強く思うのは積み重ねるものはどこからどう見ても、考えても、これだ、これしかないと思ったものだけでいいんです。ちなみに基礎は大事とよく聞きますが、納得できるまで切り開くほうがもっと大事。

 

本物?

ちょっと違う観点では何度やっても同じような緻密さじゃなくて「今を踊ってます感」?が今の本物だったりってこと。ネタより生のダンス?特にバトルではかな。で、本物?だなあと思える人(ダンスじゃなくて人として)がやっぱ最強。自分の定義では本物っていうのはめっちゃ自分らしいこと。逆はウソまみれ。慣れ親しんだコンフォートゾーンにない自分を開拓し、基礎、練習、本番、その繰り返し、そこに人生観をのっけて表現できるか。異常な動きと、ダンスらしさのみに留まらず、自己表現や世界観を存在意義とし、HIPHOP好きが見て高揚感がある表現を本物と思っています。で、そういう強靭さをシンボルにしているのに至って安定してフラットな感覚で音楽と融合できる・・・とでもいうんでしょうか笑 これが想像以上のインパクトになる。

個人的に歴史や融合、当たり前レベルで誰かっぽいことに興味はなく、君はどんな人だ?という問いかけに応えるダンスをしてくれることがおもしろいです。そんなんが勝てばいいと思います。

 

まとめ

たぶんこのへんはレッスンで教えられるものでもありません。むしろ誰かに学ばないほうが学べる感覚だと思います。何でかってジャンルの経緯、熱中した時代、影響されたダンサー、基礎の性質、根気や練習量、音楽の聴き方、ネタムーブ、表現重視、アドリブ、人格、思考量、エナジーをひっくるめて比較されてその人の中身やダンスへの姿勢、生活感が見えるわけだから。まあそれも込みで最終的に自分のために踊るわけだから、自分だけが一番素敵に見えるスタイル、自分でやってきた証が表現ににじみ出るダンス、自分にしかできないようなこと、それは自分でやらないと何の意味もないものとして向き合ったほうがいいのになーと。

最高の自分(チーム)に仕上げるって目的意識が見えてきたらどこかで勝てます。たぶん。 で、自分はどんな人なのかとか見えだし、それを音楽にのっけてたった1つの主張にすると、まあまあ気持ちいーです。そしたら勝敗なんてどーでも良くなりつつ、勝ててしまうという素敵な位置に行けます笑

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