月の恒の如く

見たことない何かが見たい日々

ストリートダンスの評価基準

言葉だけで言ってしまえばもう路上ですらない煌びやかな感じでストリートダンスが蔓延ってます。その中でHIPHOPの文化的思想が絡んでBATTLEというものがあって、まあそこはいいんですが、この時代になって競っていくうえで評価に含まないほうがいいと思うこともあります。が、そこ言っても仕方ないので評価に含んでほしいもの・・・。

愛がほしい!笑!ジャンル、ルーツ、自分、音楽など関わった人へのリスペクトみたいなもの?!あとは戦略性を感じると個人的にしらけてしまうので比重を考えたり・・・。役者は所詮役者であってリアルには叶わないような感じ。もちろん役者としてどっぷりなりきってるか役者スキルを見るのは楽しいですが、違う次元の話です。

 

HIPHOP好きな人がそのダンスを10回見ても飽きない

ダンスを10年以上やってると飽きます。でもそれでもいいなあと思えるものがるとしたら、この人、これが表現したかったんやなあってやつです。逆に言う飽和状態=>振り、表現方法、雰囲気、技、パッションなどが戦略的なのが嫌です。戦略になると、情報として蔓延るからみんな同じようなことになって飽きるってことです。新しいカテゴリーとして生むためには良いものをみんなでやることは必要な要素かもですが・・・。それが良いって教えられている日本のレッスンがなんか違うんです。それはもう進学塾みたいで・・・何をやっていけば勝てるかが決まってしまっていて、どれだけ記憶できたか、どれだけ再現性があるかで、遊びのない直線的な練習になったりもして、どこぞの誰かさんと同じものだったり、まあ最終的に個人的に面白いものが減ります。それなりに明晰になってきていることは日本戦術らしいし、勝敗を考える上で進化ともいえますが、全体では衰退のはじまりじゃないかと。戦後の日本のように稼ぎ方をマニュアル化して組織化して繰り返し結果的に偏り過ぎて失敗(消滅)。

 

芸術に置き換えて

何で変なのか・・・見て感じるものとしてダンスを芸術(絵)に置き換えてみると分かると思います。例えばよくいる日本でうまいとされているダンサーは真似とアレンジが上手って認識で、うまいダンスに似てないとうまくないと判断する人もいます。これを芸術に置き換えたらただのデッサン力みたいなものでは?またはピカソゴッホに描き方を習って自分でアレンジするようなものではないですか?

 

ダンスバトルがありますが、それを絵で例えると・・・ピカソを模写する人 VS ゴッホを模写する人、個人的にいやいやって。

 

実際に日本のメインストリームは人の振り付けとかを融合させ続けているだけです。で、今の審査だとゴッホに描き方を習った人が勝てないこともないです。それはレッスンいっぱい行った者勝ちの状態。君は誰なんだ?って思います笑

 

言いたいのはこどもの描く絵がへたくそでもそれはそれで素敵なことと同じで、本人にしか出せないものをHIPHOPを使って表現すること。そこを認められる価値観はあまり育ってないです。真似してるだけでもクオリティーさえあれば、勝つ。そんなのは狭い観点ではないかと思います。

 愛+

● 音楽を使った世界観(独創)30%

インパクト 20%

開発(思想、芸術、体、熟練、音楽、形など新しい表現)20%

惹き(味わえる、憧れる、共感させる力) 10%

体(個人らしいもの、筋肉や関節、表情、服) 10%

他(エネルギー、バトル、構成、空間、奇跡的なこと)10%

 

まとめると、審査に愛とかいうよくわからないものを加えると、また広がっていくんじゃないかと思います。ただの独り言になると思いますが。ちんぷんかんぷんな内容かもですが、HIPHOPが情報量メインになってはいけないなーって。もちろん実行して体現するのは大変ですが、もっといい感じっていっぱいあると思います。そもそも何を競ってるかもわかりにくいし、人によって言ってること全然違うし、いろいろぼんやりしてるのに、これだけ広がってるならもっとめちゃくちゃでいいやんって思います。

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