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月の恒の如く

見たことない何かが見たい日々

スポーツとかダンス習う人の観点

何かを習う人はマイナスを埋めたい人、何かプラスしたい人がレッスンを習うんだと思っていたような気がします。

 

というのも多人数でレッスン受けるときのこどもは勝手に横の子と比較して自分に不向きだと思ってしまう人もいるんだって体験しました。その結果、すぐに諦める。社会に浸ってしまうと、本当に好きか、意味があるか、自分らしいものか、自分の居場所かなどとどうでもいいスパイラルで頭をかられるのですが、学生は違った。

 

大学未満のこどもが習う意味って

こういうものなんでしょうけど出会ってきた70%くらいの子がこんな感じ。自主性の割合に欠けるので自主性から伴う成果があればいい意味で目立つ。

目上が褒めてくれるか

周囲に自慢できるか

友達と言える人と一緒か

目上に怒られないか

目上に憧れているか

 

大学生くらいから

歩みとしては悪いわけじゃないけど自分を中心にした視界の狭さやバランスのとり方がいつも気になります。

将来のためになるか

空間がおもしろいか

自分を高められるか

自分がかっこいいか

仲間が認めてくれるか

コストが低いか

 

強制力で学習してきたから戸惑うか。好きだからやるとは別のところにいる人たちになぜやってるの?と言いたいところ。それしかやる意味はないからーってね。でも、それはこっちの諦めになるので、何をどう伝えるかはあとの話にして契機を得ることも本質と捉えることが重要なのかも。でも、迷うから、好きか嫌いかくらい答えを持ってほしい。

成果を求めれば最後までいかずに諦める。だらだらやると意味は薄々になる。どちらにせよこの二択以上の選択肢にダンスと関わっていたいと思えるものを作っていきたいです。世間と時間の流れで自分を決めてしまわないようそこまでに自分の存在意義を感じられる人になってもらいたいと思います。

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